解説/馬飼野元宏

藤圭子の演技が楽しめるほか、貴重な歌唱シーンをカラーで見ることができる、ファン垂涎の映像
藤圭子は、生涯のうち5本の映画に出演している。その全てが大ブレイクを果たした1970年から翌71年の間に集中しており、人気絶頂期にスクリーンにその姿を残した貴重映像となっている。
今回、発売される『藤圭子劇場〜デラックス・エディション〜』には、藤圭子の映画出演作品のうち『涙の流し唄 命預けます』と『藤圭子 わが歌のある限り』が初めてパッケージ化されて収録された。この2作品はともに松竹映画の配給で、全編に渡って藤圭子の演技が楽しめるほか、貴重な歌唱シーンをカラー映像で見ることができる、ファン垂涎の企画である。ここでは、藤圭子の映画出演のヒストリーを追って解説していくことにしよう。
藤圭子の最初の映画出演作は1970年5月に公開された日活映画『盛り場流し唄 新宿の女』。新宿のネオン街を舞台に、夜の世界で生きる女性たちのエピソードが綴られる。主演は山本陽子で、藤圭子は流しの歌手役。わずかな出演場面ながら歌うだけでなく、セリフもほんの二言だが用意されている。
このような歌謡映画は昔から各社で作られており、本作もデビュー曲「新宿の女」が大ヒットしたことを受けて、急遽作られた一本。歌謡映画は歌の内容や歌手本人のキャラクター、出自などを活かして物語が組み立てられるのが常で、本作も藤圭子がデビュー前、浅草や錦糸町で母と共にギターの流しをして生活していた時代を投影した設定となっている。

『新宿の女』
1970年3月5日発売
次いで70年9月に公開された東映『ずべ公番長 夢は夜ひらく』は、シングル第3弾「圭子の夢は夜ひらく」の大ヒットを受けて作られた。東映の人気女優だった大信田礼子主演「ずべ公番長」シリーズの一作目にあたり、藤圭子はここでも流しの歌手として登場。ここで歌われるのは「命預けます」で、タイトルにもなっている「圭子の夢は夜ひらく」はオープニングとエンディングで流れるのみ。
同年12月に公開された日活映画『女子学園 ヤバい卒業』は、夏純子主演の「女子学園シリーズ」の2作目。藤は歌手役での出演だが、実は映画スタッフが歌番組の歌唱中の彼女を盗み撮りした映像で、その際に揉めたものの、現在はオフィシャルのプロフィールにも掲載されている。この映画には吉田拓郎が出演していることでも有名になった。
上記3作品はいずれも歌手・藤圭子のゲスト出演的なものであるが、映画全編にわたって出演し、歌のみならず本格的な演技まで披露しているのが、70年10月に公開された松竹映画『涙の流し唄 命預けます』だ。

『涙の流し唄 命預けます』©松竹株式会社
監督は、松竹の娯楽映画、歌謡映画を数多く手がけてきた市村泰一。ことに『すっ飛び野郎』(65年)『あの娘と僕 スイム・スイム・スイム』(65年)など橋幸夫主演の歌謡映画で人気を博した。
主演は目黒祐樹と生田悦子。地方から上京してきた雄作(目黒)と、ひょんなきっかけで知り合った弘子(生田)のラブストーリーで、男はバーテンとして働く店のママ(佐藤友美)と同棲しており、弘子との結婚のため別れを切り出したいが、逃げられない状況に陥ってしまう、という物語。
藤圭子が演じたのは、ネオン街で生きる流しの演歌歌手・藤野澄子。弘子の友達という役どころなので、二人のラブストーリーの間に、ちょいちょい顔を出しては恋愛相談に乗ったり、二人の理解者として柔らかな表情を見せている。ただし、彼女のセリフに関してはすべて吹き替えがなされている。アフレコのスケジュールが取れなかったのか、事情は定かではないが、それでも弘子のアパートで窓辺に座ってお菓子を頬張ったり、サマーニットにミニスカート姿のキュートな出立ちで登場したりと、等身大の可愛らしい藤圭子が数多く拝めるのが貴重だ。また、雪の中ギターを抱えて母と共にネオン街を流して歩くなど、苦労した子供時代の過去を回想するシーンもあり、当時、よく語られていた藤のデビュー前の物語も丁寧に描かれている。
歌唱シーンは、オープニングタイトルの抜き画面で「命預けます」を歌う姿、さらにピンクの衣装に身を包み、おなじみの白いギターを抱えてスナックで歌っている様子が描かれている。他にも「圭子の夢は夜ひらく」の歌唱シーンもある。また、当時藤と同じRCAに所属していた城健二が「貴方さがして」を、さらに特別出演の坂上二郎の「ワンナイト新宿」を歌う場面も残されている。
雄作と紘子の悲恋が、ある結末を迎え、すべての物語を閉じるかのように、再び「命預けます」をクールに無表情で歌う藤圭子は、神々しいまでの美しさに満ちている。

『涙の流し唄 命預けます』©松竹株式会社
70年公開の4本の映画は、いずれも藤圭子の主演作ではないものの、当時公開された映画ポスターでは藤の扱いがかなり大きく、『涙の流し唄 命預けます』など主演の生田悦子より写真が大きいので、まるで藤と目黒祐樹のラブストーリーであるかのように錯覚させられる。『盛り場流し唄 新宿の女』も主演の山本陽子と同格の扱いで、映画会社も藤の人気を見越して映画を作っていたかがよくわかる。
日活、東映、松竹と、当時の大手映画会社5社中3社の作品に出演しているのは異例のこと。この時代は「五社協定」と呼ばれる俳優の専属制度が崩壊し始めていたが、元々歌手はこの縛りがないため、どこの映画会社でも出演可能であった。また、60年代までは映画は娯楽の王様で、テレビの台頭はあったものの、映画に歌手が出演し歌うことで、レコード会社側も大きな宣伝効果がまだまだ期待できた時代である。それにしても、1年に4作の映画に顔を出している藤圭子の人気が、この時期いかに大きかったかを物語るような出来事だ。
圧倒的な歌唱力、クールな美貌と凄みのあるヴォーカルスタイルの魅力が存分に楽しめる
ここまで紹介した上記4作品とは、企画意図も作品のテイストもまったく異なる映画が、1971年に公開された自伝的映画『藤圭子 わが歌のある限り』。本作で藤圭子は堂々の主演を果たしている。

『藤圭⼦ わが歌のある限り』©松竹株式会社
物語は藤圭子が5歳の頃に始まり、初のリサイタルを開くまでの様々なエピソードが回想形式で描かれている。松平圭子という役名だが、実際は藤圭子自身の物語で、彼女のデビューまでの半生がドラマになっているのだ。演技のみならず、随所に挿入されるナレーションも自身の声で語られている。
物語の序盤は、北海道旭川市。浪曲師の父(長門勇)と、曲師の母(扇千景)の元に生まれた圭子は、貧困の中にいた。父は炭鉱や飯場を巡業して歩き、ある時、久しぶりに立つ舞台の直前、母の目が見えなくなり、その代打として圭子は初舞台を踏む。
巡業のブッカー(伴淳三郎)の勧めもあって、「常盤ヘルスセンター」の専属歌手となった圭子は、その舞台で作曲家の石中(天知茂)にその才能を認められ、母と共に上京。厳しいレッスンの中、流しをしながら生活を支え、やがて初めてのレコード「新宿の女」が発売される。しかしレコードは売れず、圭子にのめり込みすぎる石中の姿を見て、石中の妻は激しく嫉妬。だが、必死のキャンペーンが功を奏して、レコードが売れ始める……といった物語だ。もちろん、創作されたエピソードも多いが、ほぼ当時語られていた藤圭子の出世物語に近い形で映画は進行していく。
ロケ地になっているのは、映画では「常盤ヘルスセンター」の名で登場する福島県いわき市の常磐ハワイアンセンター。2006年の映画『フラガール』でもおなじみとなった、現在のスパリゾートハワイアンズの前身にあたる娯楽施設で、実際にフラガールたちのダンスも映像に登場する。
監督の長谷和夫は松竹大船の職人監督で、ホラー、サスペンス、男性アクションなどを得意としていたが、この時期に松竹製作のテレビ作品へと移り、その後『必殺仕掛人』や『大空港』『さすらい刑事』シリーズなどを演出している。
父親役の長門勇は浅草小劇場出身のコメディアンで、フジテレビ系ドラマ『三匹の侍』で大人気となり、本作でもうだつが上がらない芸人ながら家族思いの父親を好演。母親役の扇千景は宝塚出身、時代劇映画やドラマを中心に活躍。その後、参議院議員に転身し政治の世界で長く活躍した。
作曲家・石田役の天知茂は、新東宝映画、大映映画でニヒルな二枚目として活躍。『東海道四谷怪談』(59年)の民谷伊右衛門役、『座頭市物語』(61年)の平手造酒役などで強烈な印象を残す。70年代以降はドラマ『非情のライセンス』の会田刑事役、土曜ワイド劇場『江戸川乱歩の美女シリーズ』での明智小五郎役でお茶の間でも人気となる。

『藤圭⼦ わが歌のある限り』©松竹株式会社
この天知が演じた石田は、歌手・藤圭子の生みの親でもある作詞家の石坂まさをがモデルとなっている。多分にフィクションも多いだろうが、藤圭子の才能に惚れ込み、スパルタでの歌唱指導やなりふり構わぬ営業活動によって藤を人気スターに押し上げたことは、この映画でも描かれている通り。
藤圭子の幼少期を演じている速水栄子は、この作品への出演を経て、1973年に12歳でCBS・ソニー(現SME)から「恋人くん」でアイドル歌手としてデビューした。ルックスが藤によく似ていることもあるが、子どもながら歌が上手いことも起用の決め手になったであろう。劇中、初めてのステージに立つシーンでは、速水の声で「出世街道」を歌う姿が描かれている。
映画冒頭の「圭子の夢は夜ひらく」をはじめ、藤のステージでの歌唱シーンには、1970年12月にリリースされた最初のライブ・アルバム『歌い継がれて25年 藤圭子演歌を歌う』の音源が使用されている。70年10月23日、渋谷公会堂でのデビュー1周年記念リサイタルの実況録音盤で、戦後のヒット曲を抜群の歌唱力で歌い切った二枚組の大作。
藤圭子自身の歌唱シーンは8曲に及び、「新宿の女」「圭子の夢は夜ひらく」「さいはての女」などのヒット曲がふんだんに盛り込まれている。またドラマの中で重要なキーになる楽曲「出世街道」は、畠山みどりが1962年に放った大ヒット作。星野哲郎と市川昭介による男歌だが、実際、藤圭子も小学校5年生の時、客前で初めて歌ったのがこの曲で、アマチュア時代のレパートリーの一つでもあった。
また橋幸夫の「潮来笠」を歌うシーンでは股旅姿で、「恋仁義」では芸者姿で舞い踊るイメージ映像的な場面もあり、ビジュアル面でも楽しめる。

『藤圭⼦ わが歌のある限り』©松竹株式会社
藤圭子の演技は、決して達者な台詞回しではないが、田村亮演じる大学生との淡い恋物語のシーンでは、等身大の娘心を的確に演じており、さりげない表情の変化ひとつとってもなかなかの表現力で、彼女でなくては演じられない役柄であったことを物語っている。
終盤、第一回リサイタルのシーンでは、黒いシャツにジーンズ姿で、白いギターを抱えて自身の想いを自分の言葉で語ったのち、白いギターを抱え、「命預けます」を歌う演出は、その日本人形のような美貌、正面を見据えて力強く歌われるシーンが素晴らしい。
今回のDVD-BOXに初収録される2本の映画は、いずれも人気絶頂時の藤圭子の、貴重な歌唱シーンがふんだんに収められており、その圧倒的な歌唱力、クールな美貌と凄みのあるヴォーカルスタイルの魅力が存分に楽しめる。リアルタイム層はもちろん、近年、藤圭子を初めて知った歌謡ファンにとっても、またとない鑑賞機会となるであろう。

●馬飼野元宏(まかいの・もとひろ)
音楽ライター。映画雑誌編集部を経てフリーに。「レコード・コレクターズ」「昭和40年男」等、音楽誌、カルチャー誌を中心に寄稿。著書に『にっぽんセクシー歌謡史』(リットーミュージック)、監修書に『昭和歌謡ポップス・アルバム・ガイド』(シンコーミュージック)、『筒美京平の記憶』(ミュージックマガジン)など。『ヒット曲の料理人・萩田光雄の時代』『同・船山基紀の時代』『野口五郎自伝 僕は何者』(ともにリットーミュージック)などの構成・執筆や、松本隆作詞活動50周年トリビュートアルバム『風街に連れてって』の特典ブックレット「100%松本隆」の取材、執筆も手掛ける。

『藤圭子劇場~デラックス・エディション~』スペシャルサイト