2024年11月号|特集 吾妻光良&ザ・スウィンギン・バッパーズ

【Part3】|ルーツ・オブ・バッパーズ

会員限定

解説

2024.11.13

文/妹尾みえ


【Part2】からの続き)

黒人ならではの自由な言語感覚と芸人魂が表れたジャイヴの魅力


 さて1930~40年代のブラック・エンタテインメントを語るときジャンプと対になって語られるのがジャイヴである。と言っても「これだ!」というジャンルがあるわけでなく、黒人ならではの自由な言語感覚と芸人魂を持ち合わせた人たちによる、粋でちょっとオフザケもありの楽しい音楽を感覚的にジャイヴ・ミュージックと呼んでいる。

 そもそもジャイヴとはニューヨークのハーレムあたりで使われていたスラングに端を発するらしい。ミュージシャン仲間で隠語を使うのは珍しくないが、映画『ブルース・ブラザーズ』の終盤「ミニー・ザ・ムーチャー」で強烈な印象を残した“ミスター・ハイ・デ・ホー・マン”ことキャブ・キャロウェイは30年代末にジャイヴ語辞書まで編んでしまった。版を重ねた最終版はその名も『新キャブ・キャロウェイのヘップスタージャイヴ語辞典』。ヘップ(Hep)とは、ざっくり言えば最高にイケてるといった意味だ。バッパーズのセカンド・アルバムが『ヘップキャッツ・ジャンプ・アゲイン』だったことを思い出す人もいるのでは?


スリム・ゲイラード
『Laughing in Rhythm』


 同種の『ヴァウト・オ・ルーニー辞典』が50万部売れたと噂されるのが、スリム・ゲイラード。’87年、’88年と二度も来日し、日本にジャイヴのイメージを定着させた立役者でもある。1930年代からベースのスラム・スチュワートと組んだスリム&スラムとして「Flat Foot Floogie」をヒットさせニューヨークあたりで人気者に。戦後はスキャットも達者なベーシスト、バム・ブラウンを相棒に替えキレのいいジャイヴ・ミュージックを繰り広げた。