2024年10月号|特集 和ジャズ

【Part3】 須永辰緒(DJ/音楽プロデューサー)× 渡辺康蔵(ジャズ・プロデューサー/ミュージシャン)

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対談

2024.10.25

インタビュー・文/大谷隆之 写真/島田香


【Part2】からの続き)

60〜80年代日本のアツいジャズが、ヨーロッパのDJの心を捉えているのも間違いない事実なんですね。やっぱりいいレコードがたくさんありますし。まだ知られてないグッド・ミュージックをいち早く発掘し、フロアに届けたいというのは、DJの本能ですからね(須永辰緒)


きっとそうなんでしょうね。70年代からリアルタイムで付き合ってきた者としても、すごく共感します。これを機に、TBMを知らなかった人にもいろんなアルバムが聴かれるようになると嬉しいですね。心を揺さぶるレア盤が、たくさんありますから(笑)(渡辺康蔵)


── 近年、スリー・ブラインド・マイス(TBM)をはじめとする60〜80年代の「和ジャズ」レコードは、海外のレーベルからも注目を集めています。

渡辺康蔵 そういえば、5年くらい前かな。ソニーミュージックでTBMのカタログを担当していた僕のところに、見知らぬフランス人から連絡があったんです。パリで「Le Très Jazz Club」という独立レーベルを運営している人なんですけどね。’73年にTBMから出た宮本直介セクステットの『Step!』というアルバムを、自分のところで再発したい。ぜひライセンスさせてくれって。

須永辰緒 宮本さんの『Step!』、僕も好きです。そういえば日本より先に、フランスでアナログ盤が出たんですよね。

渡辺康蔵 ええ。最近はソニーもライセンスビジネスじゃなく、自前でリイシューしたものを海外に輸出するようになって。それなりに売れてるんですけどね。その彼は、とにかく熱心で。わざわざ日本まで訪ねてきて、思いの丈を説明してくれるわけ。

須永辰緒 来日までして、すごい情熱ですね。

渡辺康蔵 面白かったのは、アルバム収録曲を挙げて解説してくれるんですよ。「お前、この曲の何分何秒のところをもう一回聴いてみてくれ。ほら、ここのソロ! ここがアツいんだ!」みたいな調子でね。こっちにすれば「そんなこと言われなくても知ってるよ」って話なんですけど(笑)。

須永辰緒 はははは、たしかに。康蔵さんはカタログの担当者で。しかも青春時代からずっと、TBMと付き合ってきたわけですからね。



宮本直介セクステット
『ステップ』

1973年8月25日・26日録音(TBM-20)



渡辺康蔵 とはいえ『Step!』は、日本国内でも知る人ぞ知るレア盤じゃないですか。宮本さんは関西在住のベーシストで。演奏は素晴らしいけれど、やっぱりメインストリームの人とは言いがたい。この人は本当に、『Step!』というアルバムに惚れ込んでるんだなと感心しまして。結局、ライセンスすることになりました。フランス全土で500枚売ったそうですね。

須永辰緒 なるほど。

渡辺康蔵 そのフランスの独立レーベルには、その後もTBM関連のアルバムをいくつかライセンスしてます。今田勝さんの『Green Caterpillar』(’75年)とか、福村博さんの『Fukumura Hiroshi Quintet』(’73年)もそうだったかな。彼も最初はYouTubeでTBMを知ったそうで、やっぱり魅力があるんですね。

須永辰緒 面白いのは、1人のミュージシャンが同時期に、TBMとメジャーの両方からアルバムを出しているケースがあるじゃないですか。そうすると、なぜかTBM盤の方が躍動してる感じがするんですよ。たとえばピアニストの辛島文雄さんなんか、TBMで作ったソロの方が明らかに好き勝手やってる。



須永辰緒コンパイル・コンピレーション
『Rebirth of "TBM"
~The Japanese Deep Jazz~
Compiled by Tatsuo Sunaga』

2023年11月8日発売(アナログ2枚組/2枚組CD)


── 辛島文雄トリオ、須永さん監修コンピレーション『Rebirth of "TBM"』には「トーンズ・フォー・ジョーンズ・ボーンズ」が、CD・LPともに収録されています。

須永辰緒 はい。変な言い方ですけど、TBMだとあまりセールスを気にしなくてよかったのかなって(笑)。そう勘ぐっちゃうくらい、自由にはっちゃけてる感じがするんですよね。

渡辺康蔵 そういえば先日、CBS・ソニーの大先輩プロデューサー、伊藤潔さんが『My Dear Artists ジャズ・レジェンドたちとの邂逅』(シンコーミュージック・エンタテイメント)という書籍を出されたんですね。渡辺貞夫さん、日野皓正さん、笠井紀美子さんなど、錚々たるミュージシャンと仕事をされてきた方ですが、その回顧録によると、アルバム制作にあたってはセールスに繋がるキャッチーな曲を必ず1曲は入れようと。ライブも含めて、とにかくそこは徹底されていたと。

須永辰緒 興味深いですね。そこにはTBMとはまったく違う価値観、哲学があった。

渡辺康蔵 実際、渡辺貞夫さんの『PASTORAL』(’69年)とか『CALIFORNIA SHOWER』(’78年)みたいに、日本のジャズ史を作った大ヒット作がいくつも生まれてますからね。

須永辰緒  TBMには、そういうメジャーっぽさは一切ないですよね(笑)。たびたび話に出ている『銀巴里セッション』(’71年)の「ナルディス」なんて、録音状態もかなりすごくて。当時のメジャーレーベルでは、そもそもレコードになってないと思います。でも、演奏が“歌いまくってる”この感じが、まさにTBMだなと。その熱気はぜひ、若いリスナーにも体感してもらいたかった。



高柳昌行と新世紀音楽研究所
『銀巴里セッション~1963年6月26日』

1963年6月26日・27日録音(TBM-9)

渡辺康蔵 改めて補足しておくと、’71年にTBMから『銀巴里セッション』って、もともとはプレイベートな音源だったんですよね。内田修さんという、“ドクター・ジャズ”の異名をとった愛知県の外科医がいまして。この方が自前のテープレコーダーをわざわざ自宅から運び込んで録音された。で、’70年にTBMを立ち上げる藤井武プロデューサーが学生の頃、まさにその現場に立ち会っていた。

須永辰緒 つまり藤井さん自らが目撃した和ジャズ黎明期の輝きを、その8年後に、自身のレーベルから世に出したわけですね。

渡辺康蔵 はい。TBMは基本、日本のジャズの発展期をリアルタイムに、しかも高品質なサウンドで記録していったレーベルなので。その意味ではかなり異質な1枚ではありますね。

須永辰緒 メジャーへのカウンターとして、あえてリリースしたのかもしれませんね。たしかに録音状態は、完璧にはほど遠い。でも、インディペンデントのレーベルをやっていくにあたって、自分たちはこのエモーションを起点にしたいんだと。『銀巴里セッション』には、そんな思いがこもっている気もします。

渡辺康蔵 「ナルディス」、僕はやっぱりプーさん(菊地雅章)のピアノに耳がいっちゃう。

須永辰緒 素晴らしいですよね。金井(英人)さんのベース、富樫(雅彦)さんのドラムスとの掛け合いも、粗削りながらすごい気迫が感じられる。

渡辺康蔵 当時、まだ24歳かな。プーさんは後年、音の余白を極限まで生かすスタイルで、海外にも衝撃を与えるでしょう。銀巴里でのセッション演奏は、後の片鱗は伺えるけれど、まだオーソドックスというかね。ここから独自のやり方を追究し、どんどん音を削ぎ落としていくわけです。それを知ってるからこそ、「ナルディス」の初々しい演奏を聴くと余計にグッとくる。

── 康蔵さんは制作ディレクターとして、菊地さんのアルバムを手がけられてますよね。




須永辰緒 (すなが・たつお)
DJ、音楽プロデューサー。Sunaga t experience =須永辰緒によるソロ・ユニット含むDJ/プロデューサー。 DJプレイでは国内47都道府県を全て踏破。ジャズ・コンピレーションアルバム 『須永辰緒の夜ジャズ』は20作以上を継続中。国内外の多数のリミックスワークに加えソロ・ユニット”Sunaga t experience”としてアルバムは7作を発表。『Rebirth of "TBM"~The Japanese Deep Jazz~Compiled by Tatsuo Sunaga』(ソニーミュージック)が好評発売中。
OFFICIAL SITE : http://sunaga-t.com/
INSTAGRAM : https://www.instagram.com/sunaga_t/



渡辺康蔵 (わたなべ・こうぞう)
ジャズ・プロデューサー、ミュージシャン、作家。早稲田大学モダンジャズ研究会〜日本コロムビアを経て、ソニーミュージックで日野皓正、ケイコ・リー等のプロデューサーとして活動。’22年よりフリーランス。山本剛トリオや山下久美子をプロデュース。また、吾妻光良&ザ・スウィンギン・バッパーズのサックスを結成当初より担当。著書にミステリー短編集『ジャズ・エチカ〜ジャズメガネの事件簿』(彩流社)

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BOOK
『ジャズ・エチカ~ジャズメガネの事件簿』
渡辺康蔵・著

2023年刊/彩流社