2024年10月号|特集 和ジャズ

【Part2】 須永辰緒(DJ/音楽プロデューサー)× 渡辺康蔵(ジャズ・プロデューサー/ミュージシャン)

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対談

2024.10.18

インタビュー・文/大谷隆之 写真/島田香


【Part1】からの続き)

もう少し正直に言うなら、初期衝動に突き動かされて好き放題にやってる作品も少なくない(笑)。よくも悪くもパンクっぽいって言いますか(須永辰緒)

ははははは(笑)。TBMの場合、とにかくミュージシャンがやりたいようにやらせるのがレーベルの基本方針ですから。ジャンルはジャズでも、ベースにあるのは間違いなく「衝動」なんですよ(渡辺康蔵)


── 須永さんはいつ頃から“和ジャズのレーベル”としてのスリー・ブラインド・マイス(TBM)を意識するようになったんですか?

須永辰緒 ちゃんと聴くようになったのは、わりと最近かもしれないですね。最初にレコードを買ったのは2000年代の初頭。当時、名古屋でレギュラーDJの仕事を持っていまして。大須の「ハイファイ堂」という、中古オーディオとレコードのお店によく行ってたんです。ある日そこに顔を出したら、TBMのオリジナル盤が棚に50枚くらいずらっと並んでいた。おそらくマニアの方が一気に放出されたんでしょうね。それをゴソッと買いまして。

渡辺康蔵 掘り出し物でしたね(笑)。その時期、もうDJでジャズはかけておられた?

須永辰緒 いえ、まだコンピの仕事(『須永辰緒の夜ジャズ』シリーズ、’05年〜)も始まる前で、比率的にはそこまで高くなかった。むしろブラジルものが多かったですね。ディスク・ユニオンにおられた塙(耕記)さんが「和ジャズ」の切り口でブームを仕掛けるのがたしか、2009年かな。散発的にはかけてましたが、まだ全然知識が追いついていなかった。



JAZZコンピレーション
『須永辰緒の夜ジャズ』

2005年8月24日発売


渡辺康蔵 それでもTBMのアナログ盤をまとめ買いしちゃう須永さんのプロ意識だよね。研究熱心っていうか。

須永辰緒 たしかに勉強の意味合いもありましたけど、とにかく安かったんですよ。1枚が500円とか、せいぜい1000円。一番高かった峰厚介さんのレコードでも、たしか3000円してなかったと思う。今じゃとてもそんな値段じゃ買えないですからね。実際そのときは、試聴してもピンとこなかったですし。

渡辺康蔵 なるほど、最初からハマったわけじゃなかったんだ。

須永辰緒 TBM作品の魅力を理解するには、僕のジャズ体験が圧倒的に不足してました。でもまあ、いつかは分かるときも来るだろうと思って。箱詰めして家に送ったまま、ずっと倉庫で眠らせてたんです。その後、北欧とかいろんな地域のジャズを聴くようになり、DJでジャズをかける頻度も上がっていきまして。久々に段ボール箱を開けて、ターンテーブルに載せたら「こんなによかったんだ」と。そういうジャズ素人なので(笑)。今回のTBMのコンピレーションでは、逆にジャズファンの方々とは違う目線の選曲ができたのかなと。

渡辺康蔵 日本のジャズ自体は、どの辺りから聴き始めたんですか?

須永辰緒 個人的に大きかったのはドラマーの白木秀雄さん(’33〜’72年)ですかね。

渡辺康蔵 へええ、そうだったんだ! 白木さん。きっかけはなんだったんですか?

須永辰緒 イタリアにニコラ・コンテというDJ/プロデューサーがいまして。いわゆるヨーロピアン・ジャズ・ムーブメントの中心人物なんですけど、昔から交流があるんですね。’01年に僕が最初のアルバム(sunaga t experience/クローカ)を出したときは海外ゲストとして彼を招き、一緒に全国をツアーしました。それがきっかけで仲良くなった。00年代以降、僕は北欧とかブラジルとか、正統派のジャズファンがあまり注目してなかったエリアのレコードをがんがん掘り始めます。これは彼の影響が決定的に大きかった。そのニコラが日本のジャズにもすごく興味を持ってまして。ほしいレコードを書き連ねた自作のリストをちゃんと持ってるんですよ。



Sunaga t Experience
『COБAKA(crouka)』

2023年8月5日発売(オリジナル2001年)


渡辺康蔵 すごいねえ。海外で和ジャズが注目されるずっと前でしょう?

須永辰緒 そこはきっと、DJの本能じゃないですかね(笑)。誰も知らない音源を真っ先に掘り当てたいという。僕もその熱量に刺激されまして。まだマイナーだったヨーロピアン・ジャズと並行で、古い日本のジャズのレコードも少しずつ集めるようになって。その流れで出会ったのが白木秀雄さんでした。

渡辺康蔵 白木さんのリーダー作は、どういうところがよかったの?

須永辰緒 やっぱりドラマーのアルバムだけに、どのレコードもビートが立ってますよね。ジャズの経験値が少なかった僕も、シンプルにかっこいいと思えました。当時は出回ってる数が少なく、たまに中古盤屋で見つけても棚に陳列されていて。値段は高かったですけどね。当時、ニコラが一番ほしがっていたのも白木秀雄さんでしたが、日本在住の僕でも見つけるのはけっこう大変でした。DJでもアクセントとしてよく回してましたよ。間にエフェクトを挟みつつ、ドアーズのサイケっぽい曲と繋げてみたり。

渡辺康蔵 ジム・モリソンと白木秀雄っていう取り合わせも面白いなあ。白木さんは、たとえばどんな曲を?



白木秀雄
『Plays Bossa Nova』

1962年録音



須永辰緒 『Plays Bossa Nova』(’62年)に入っている「サヨナラ・ブルース」とか、よくかけてましたね。そうするとドアーズで踊ってた連中がばーっとDJブースに寄ってくるわけです。「なんだこのグルーヴィーな曲は?」みたいな感じでね。あとは、ディープハウスでひと盛り上がりした後に、ピアニスト板橋文夫さんの「渡良瀬」をかけてみたり。

渡辺康蔵 それも面白そうだ。「渡良瀬」は有名な曲でいろんな録音がありますが。

須永辰緒 よく使っていたのはドラムが森山威男さんのヴァージョンかな。すると音楽好きのお客さんは、やっぱり「この美しい曲は一体なに?」って反応になる。

渡辺康蔵 それで「和ジャズってアリなんだ」と気付いたお客さんも、きっと多かったんでしょうね。

須永辰緒 かもしれないですね。僕自身も最初は、勉強しながらの手探りで。僕たちDJは、いくら気に入ったレコードでも、お客さんが支持してくれないとかけられないですからね。ネタの広がりとしてフロアの反応を確かめながら、「こういう聴き方もありますよ」って。僕なりに少しずつ和ジャズを消化、提案していった感じです。

渡辺康蔵 ちなみに白木さん、板橋さん以外だと、どういうレコードを買われてました?


須永辰緒


須永辰緒 渡辺貞夫さんや、日野皓正さん。レーベルでいうとメジャーどころのキングとかTAKTあたりのアルバムを集中的に買ってました。名古屋の「ハイファイ堂」に通ってたのもTAKT目当てだった気がしますね。TBMのユニークな魅力に気づくまでは、10年以上の間が空いてますね。

渡辺康蔵 でも、須永さん的な和ジャズの使い方って最初からユニークですよね。同じようにリリシズムを感じさせるピアノでも、たとえばディープハウスの後にキース・ジャレットを持ってきたらハッとしない気がするんですよ。それって「渡良瀬」という曲の持つエトランゼ感、ある種の異国情緒があってこそ成立する繋ぎ方なんじゃないかなって。これはもう、感覚的な領域の話なんだけど。

須永辰緒 ああ、たしかに。それはあるかもしれない。

渡辺康蔵 最近、海外の人とか日本の若い世代から和ジャズが注目されてって言うじゃないですか。もしそうだとしたら、そういう微妙なサムライ的なエトランゼっぽさも1つ要因なのかなって、個人的には思うんですよね。しかも今の時代はYouTubeもあって、レアな音源にも簡単にアクセスできるでしょう。

須永辰緒 そうですね。

渡辺康蔵 たぶんシティポップが海外で“発見”されたのと同じで、ネットによってジャズの聴き方にも多様性が出てきたんだと思う。で、須永さんは同じことをずっと前からクラブで実践されてきたんだなと。今日お話を伺っていて改めて感じました。僕は世間的にはジャズ畑の人と思われがちだけど、そういう面白がる精神って昔から好きなんですよ。たとえばコラムニストの植草甚一さん(’08〜’79年)だったり。

須永辰緒 J・J氏。サブカルチャーの書き手としては、元祖みたいな人ですよね。

渡辺康蔵 ええ。実際のDJこそやってないけど、植草さんは紙の上で同じことを実践していた気がするんですよね。それこそフリージャズのアート・アンサンブル・オブ・シカゴについて書いた直後、ドアーズみたいなニュー・ロックのバンドについて書いてみたり。昔、植草さんのコラム原稿に出てきた曲をそのままの順番でカセットテープに録音したことがありますけど、すごくよかった。

須永辰緒 その遊び、面白いなあ。ミックステープの先駆けですね。


渡辺康蔵 


── 10年代以降、須永さんのDJ活動もあって和ジャズの注目度は少しずつ高まっていきます。ご自身の和ジャズ経験値もどんどん増えていったと思うんですが、多くのレコードを聴き比べる中で見えてきたTBMの特徴というのはいかがですか?




須永辰緒 (すなが・たつお)
DJ、音楽プロデューサー。Sunaga t experience =須永辰緒によるソロ・ユニット含むDJ/プロデューサー。 DJプレイでは国内47都道府県を全て踏破。ジャズ・コンピレーションアルバム 『須永辰緒の夜ジャズ』は20作以上を継続中。国内外の多数のリミックスワークに加えソロ・ユニット”Sunaga t experience”としてアルバムは7作を発表。『Rebirth of "TBM"~The Japanese Deep Jazz~Compiled by Tatsuo Sunaga』(ソニーミュージック)が好評発売中。
OFFICIAL SITE : http://sunaga-t.com/
INSTAGRAM : https://www.instagram.com/sunaga_t/



渡辺康蔵 (わたなべ・こうぞう)
ジャズ・プロデューサー、ミュージシャン、作家。早稲田大学モダンジャズ研究会〜日本コロムビアを経て、ソニーミュージックで日野皓正、ケイコ・リー等のプロデューサーとして活動。’22年よりフリーランス。山本剛トリオや山下久美子をプロデュース。また、吾妻光良&ザ・スウィンギン・バッパーズのサックスを結成当初より担当。著書にミステリー短編集『ジャズ・エチカ〜ジャズメガネの事件簿』(彩流社)

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BOOK
『ジャズ・エチカ~ジャズメガネの事件簿』
渡辺康蔵・著

2023年刊/彩流社