2024年10月号|特集 和ジャズ

【Part2】塙耕記(three blind miceプレミアム復刻コレクションシリーズ監修)|Special Long Interview

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インタビュー

2024.10.7

インタビュー・文/柴崎祐二 写真/増永彩子


【Part1】からの続き)

「TBMは日本のブルーノートである」と評する声もありますが、決して大げさな表現じゃないんです(塙耕記)


── TBM作品は、アートワークにも独特の美学を感じますし、そうした部分の再現は特に重要なミッションになってきそうですね。

塙耕記 まさにそうですね。今回の再発にあたっても、デザインはもちろん、できるだけオリジナルジャケットの紙質に近いものを使ったり、帯もきちんと復刻したり、そのあたりはかなりこだわってやっています。安価でペラペラなものを作るより、多少値段が張ってもしっかり作られたものの方が手に取る方々も納得してくれるんじゃないかと思っているので。

能勢秀昭(TBM担当ディレクター) 今回のシリーズタイトルに冠されている「プレミアムコレクション」の意味も、まさにそのあたりのこだわりを反映しているものになっていると思います。とにかく塙さんの紙質や発色へのこだわりが並大抵でなくて……(苦笑)。けれど、その甲斐あって素晴らしいものが出来上がりました。帯も重要ですね。特に海外のユーザーの方にとって魅力的なアイテムになっていることもあって、同じくこだわらせてもらいました。TBM第一弾作の峰厚介五重奏団『峰』に関しては、オリジナルには帯が付いていなかったんですが、今回特別に当時のデザインを模したものを作っているんですよ。

塙耕記 いわゆる「妄想帯」というやつですね。

峰厚介五重奏団
『峰』

1970年8月4・5日録音(TBM-1)
<TBMプレミアム復刻コレクション第Ⅰ期作品>


── (現物を見ながら)本当だ、フォントから文字組まで、当時の雰囲気が完璧に再現されていますね。

能勢秀昭  塙さんの指示も的確だし、それに応えるデザイナーの高橋さんにも素晴らしい仕事をしていただいています。

塙耕記 通常の復刻の場合、ジャケットに関してはそこまで徹底的にこだわることってあまり多くないんと思うんです。僕の場合、そこに関してはこの業界で一番こだわっていると自負しています。よく「なんでこんなジャケットが作れるんですか」って驚きながら訊かれるんですけど、今は印刷の技術もどんどん進化しているし、こちらが的確に指定すれば、高クオリティのものが作れる時代になっているんですよ。ただ、昔のレコードに使われていたスミの真っ黒な質感だけはどうやっても出ないという難問もあって……毎回試行錯誤しながらやっています。数を重ねていくと、印刷会社の人もこちらの希望をわかってくれているので、初めから高いクオリティのものを一緒になって作ってくれるようになりましたね。



── TBM作品といえば、オリジナル盤に封入されたブックレット式のライナーノーツも特徴のひとつですよね。今回の再発ではそれもきちんと再現されていています。

塙耕記 はい。あのライナーノーツは、中古のオリジナル盤だと欠品している場合も多いんですよね。なぜかというと、独特の判型をしたブックレット式なので、他作品のものとあわせてバインダーに閉じてジャケットとは別個で保管している方が多くて、売るときにそのことを忘れているっていうパターンがけっこうあったみたいなんです。そういう意味でも今回の再発ではちゃんとした復刻品を封入したかったし、それが実現できないのならば再発の意味がないくらいの気概で臨みました。

── 音質面にフォーカスするならば、ハイレゾのファイルを配信でリリースするという手もあったかと思うんですが、あくまでフィジカルにこだわるというのにはやはり特別な理由があるのでしょうか?

塙耕記 それはもう単純な理由で、僕自身がなんといってもフィジカルメディアが大好きだからです。モノをコレクションするという行為自体が好きだし、コレクションしたモノが自分の棚に順番通りピシっと並んでいる様を眺めるのがすごく嬉しいんですよね。これまでのTBMの再発企画にしても、最初は自分が欲しいものを作りたいっていうモチベーションで始めたものでしたから(笑)。オリジナル盤は高くてとても買えないから、じゃあ自分で極限まで再現したものを作ってしまえ、という気持ちですね(笑)。そういう人は僕以外にもいると思うし、そういう人に喜んでもらうとなると、やっぱりこだわりを詰め込んだフィジカル形態で出すのが一番じゃないかと思っているんです。

── あくまでコアなレコードファンも納得するようなクオリティを目指しているということですね。

塙耕記 そうですね。その点は、前回お話したブルーノートの再発企画も含めて、ずっと大事にしている点ですね。

── 並行して手掛けられている<ジャズ・アナログ・レジェンダリー・コレクション>のジャケット周りも、ものすごいこだわりぶりですよね。マイルス・デイビスの名作から、ジャズの歴史的名盤が、ものすごい精巧な復刻プロダクトとしてリリースされています。

塙耕記 ありがとうございます。そちらのシリーズでは、私や弊社の持っているオリジナルの現物を参考に、一から作っています。ジャケットの仕様の細かい部分まで徹底的に研究して再現しています。




── まさに、玄人好みの仕上がり……。

塙耕記 はい。今回のTBMの再発盤もそういうファンの方にも手にとっていただきたい気持ちがある一方で、これをきっかけに、オーディオ初心者の方々に「もう少し再生機器にこだわってみようかな」と思ってもらいたいというのもあるんです。あまりに高いオーディオを無理して買う必要はないと思いますが、ちょっとでもランクアップしてみようかなと思うきっかけになってくれたら嬉しいですね。前回話した鈴木勲さんの『ブロー・アップ』(1973年)や山本剛トリオの『ミスティ』(1974年)は、そういう意味でも格好の入門盤になってくれると思うので。あとは、中本マリさんの『マリ・ナカモト III』(1976年)も最適だと思います。渡辺香津美さんと鈴木勲さんがバックを務めているヴォーカル作品なんですが、独特の静けさがあってとってもいい録音ですから。

中本マリ
『マリ・ナカモトⅢ』

1975年11月25・26日録音(TBM-56)
<TBMプレミアム復刻コレクション第Ⅰ期作品>


――たしかに、ジャズ入門者あらコアなファンまで、世代や嗜好を問わず楽しめるラインナップになっていると感じます。




●塙耕記 (はなわ・こうき)
1972年8月17日、茨城県水戸市生まれ。元ディスクユニオンのジャズ部門のリーダー。(株)ジャッジメントエンターテインメント代表取締役。現在、レコード・ショップとレーベル「JUDGMENT! RECORDS」を運営する傍ら各レコード会社の外部プロデューサーも務める。2011年から3年間続いた<BLUE NOTEプレミアム復刻シリーズ>のヒットでジャズ・アナログブームの火付け役として知られて2006年スタートの<昭和ジャズ復刻シリーズ>が大ヒットし「和ジャズ」ブームの仕掛け人としても有名。一連のスリー・ブラインド・マイス(TBM)復刻にも大きく関わり、ソニーミュージック発のLP&SACDによる<TBMプレミアム復刻コレクション>シリーズおよび世界のジャズ名盤LP復刻シリーズ<ジャズ・アナログ・レジェンダリー・コレクション>も現在監修中。
JUDGMENT! RECORDS HP : https://judgment-records.com/