2024年10月号|特集 和ジャズ

【Part1】 須永辰緒(DJ/音楽プロデューサー)× 渡辺康蔵(ジャズ・プロデューサー/ミュージシャン)

対談

2024.10.1


インタビュー・文/大谷隆之 写真/島田香

「踊れる」という観点を離れて「和ジャズ」を眺めたとき、いろいろ見えてくるものがあった(渡辺康蔵)

いい気分に浸ってもらうために、むしろクラブDJに求められるハードルは高くなっている気がします(須永辰緒)


── 近年、世界のクラブシーンでも注目度が高まっているという「和ジャズ」。本日はその面白さについて、お二人それぞれの視点から存分に語り合っていただければと思います。まずは昨年11月、須永さんの選曲・監修でリリースされた『Rebirth of "TBM" The Japanese Deep Jazz Compiled by Tatsuo Sunaga』から話を始められればと。

渡辺康蔵 このコンピレーションが出たとき、須永さんを僕のやってるインターネットのラジオ番組にお招きしたんですよね(第182回「ジャズメガネ&島田奈央子 今夜も大いいトークス」)

須永辰緒 はい、その節は大変お世話になりました。

渡辺康蔵 いえいえ、こちらこそ(笑)。そこでもお話ししたんですけど、ヴァイナル盤もCDも、とにかく聴いていて新鮮だった。もちろん収録されている曲は、どれもよく知ってる音源なんですよ。でも僕みたいなジャズ畑の人間には絶対に思いつかない選び方、並べ方になっていて。

須永辰緒 嬉しいですね。康蔵さんはいわば、ジャズの制作ディレクターと(The Swinging Boppersの)サックス・プレイヤーという両輪で、日本のジャズと共に歩んでこられたわけじゃないですか。僕はもともとパンクロックからDJに入り、ヒップホップを経由してジャズに近づいていった人間なので。日本のジャズに対して、康蔵さんみたいな経験値もなければ、体系的知識もない。なのでスリー・ブラインド・マイス(TBM)というレーベルのコンピを編むにあたっても一種の開き直りというか。いわゆるマニアじゃない目線で選んだ部分は大きいと思います。



須永辰緒コンパイル・コンピレーション
『Rebirth of "TBM"
~The Japanese Deep Jazz~
Compiled by Tatsuo Sunaga』

2023年11月8日発売(アナログ2枚組/2枚組CD)


渡辺康蔵 具体的にはどうやってピックアップしていったんですか?

須永辰緒 まずは自分が持っているTBMのレコードをぜんぶ引っ張り出しまして。片っ端から聴き直して、軸になる曲を決めていきました。基本的には、1枚のアルバムから1曲だけ。せっかくなので再発が少なく、現状レコードが入手しにくいものを重点的に選んでいます。

渡辺康蔵 なるほど。

須永辰緒 有名なところだと鈴木勲さんの『Blow Up』(’73年)や『Blue City』(’74年)や峰厚介さんの『Mine』(’70年)。あと山本剛さんの『Midnight Sugar』(’74年)であったり。こういった名盤はもう、手練れのジャズ・ファンは皆さん聴かれてますからね。それより一般的には知名度の低いかもしれないけれど、自分が好きな三木敏悟さんであるとか……。

渡辺康蔵 たしかに、あの選曲もユニークだったなあ。

須永辰緒 今回は『北欧組曲』(’77年)ってアルバムから「アンデルセンの幻想」という曲をピックアップしたんですけど。これなんて、21世紀になって注目される北欧ジャズの世界観をコンポーザー・アレンジャーとして70年代後期に先取りしている感覚もあって。DJには隠れた人気があるんですよ。



三木敏悟、高橋達也と東京ユニオン
『北欧組曲』

1977年録音(TBM-1005)


渡辺康蔵 LPとCDではしっかり収録曲も変えて。違った楽しみ方ができるよう工夫しておられる。しかも、単にレアな音源を発掘するだけじゃなく、通して聴くとそれぞれに独自の流れがあるんだよな。居心地のいいお店で、いい時間を過ごしたみたいな。そういうところも実に須永さんっぽいなと。

須永辰緒 ありがとうございます。コンピレーションの選曲をするときは毎回そうなんですね。実際にDJでプレイすることを想定して、自分なりの起承転結を作っていく作業といいますか。

渡辺康蔵 しかも面白かったのは、CDの1枚目が「ナルディス」で始まるでしょう。

── マイルス・デイヴィスが作曲し、ビル・エヴァンスの名演でも知られるナンバー。高柳昌行と新世紀音楽研究所『銀巴里セッション』(’71年)からの1曲ですね。ピアノが菊地雅章さん、ドラムが富樫雅彦さん、ベースが金井英人さん。

渡辺康蔵 うん。このアルバムはギタリストの高柳昌行さんが中心となって、1963年に銀座の「銀巴里」というシャンソンの殿堂で録音されている。「アメリカのコピーじゃない、日本独自の新しいジャズ」を前面に打ち出した、TBMの中でも屈指の名盤なんですね。ただ、なんて言うのかなあ……あのストレートな熱っぽさが、従来のフロアユースには今ひとつハマらない感じがあって。

須永辰緒 ああ、まさにそうですね。



高柳昌行と新世紀音楽研究所
『銀巴里セッション』

1963年録音/1971年発売(TBM-9)


渡辺康蔵 それこそ90年代的なレアグルーヴ文脈でいうと、冒頭からもっとファンキーでブルージーな曲が並んでいたと思うんだよね。でも須永さんはDJ的なセンスも存分に生かしつつ、単なる「踊れるジャズ」にとどまらない新しい魅力を提示してみせた。そこが僕なんかには、とっても刺激的だったわけです。

須永辰緒 DJがこんなこと言うのも変ですが、別に踊らなくてもいいじゃないか、と(笑)。

渡辺康蔵 はははは。そのことはラジオでも仰ってましたよね。長いあいだビート設定の制約があって、フロアではかけにくいジャズというのがあった。でも最近のダンスフロアは、その呪縛から急速に解き放たれつつあるって。

須永辰緒 ひとつにはコロナ禍が大きかった気がします。あの時期、リアルに音楽をかけて盛り上がれる場所がなくなった一方で、たとえば配信によるDJだったり落ち着いたミュージック・バーの選曲だったり、新しいタイプの仕事も増えたんですね。僕の中ではそれで、かなり意識が変わったんですね。「踊る」ことから解放されて、自分が純粋にいいと思えるジャズを自由に選べるようになった。コロナが落ち着いた今もその流れが続いている感じは、確実にあります。

渡辺康蔵 ビートにとらわれず、その場の雰囲気や文脈にぴったり合う曲を紹介する。須永さんの表現を借りるなら、キュレーター的な役どころですよね。今回、その象徴が「ナルディス」だったと。

須永辰緒 そうですね。キュレーターなんて言葉を使うと、ちょっと僭越な感じがしちゃいますけど(笑)。むしろ昔ながらの、ジャズ喫茶のレコード係に近いのかなと。僕は当初、ディスコのBGM担当としてこの世界に入っていますので。お店の雰囲気に合わせ、お客さんがくつろげる曲を流すのが仕事だった。今でも自分のプレイより、まずお客さんのことを考えてしまう。現在に至るまで、そういう裏方気質がずっとあるので。原点回帰の部分もあるかもしれない。

渡辺康蔵 面白いですね。フロア環境が変わった中で、特に意識されてることってあるんですか?

須永辰緒 強いていうと、自分なりにアルバムを再構築することですかね。ジャズ喫茶と違って、どんなに好きなLPでも片面まるごとはかけられないじゃないですか。必ずしも「踊れる」ことにはこだわらない。その代わりにひとつひとつの曲をうまく並べて、オリジナルアルバムみたいな流れを作ってみようと。

渡辺康蔵 へええ、なるほど。



須永辰緒 たとえばTBMの名盤、山本剛トリオの『ミスティ』。このアルバムから1曲選ぶとなると、やっぱり1曲目の「ミスティ」をかけたいんですよね。でも他の楽曲との繋がりとか、全体の流れやトーンで考えれば、選択肢はもっと広がる。アルバム内では比較的目立たない曲でも、組み立て方によってはストーリーの要なりうるのがDJの面白さなので。

渡辺康蔵 「踊れる」という観点を離れて「和ジャズ」を眺めたとき、いろいろ見えてくるものがあった。

須永辰緒 だと思います。ただ気をつけなきゃいけないのは、どんな時代にもお客さんは常にシビアなんですよ。必ずしも踊らなくていいシチュエーションが増えたからといって、そこは変わらない。いい気分に浸ってもらうために、むしろクラブDJに求められるハードルは高くなっている気がします。

渡辺康蔵 ダンサブルなノリだけに頼らず、しかもお客さんの気分をアゲなきゃいけないわけだもんね。

須永辰緒 そうなんですよ。スムーズに曲を並べながら起承転結を作って、お酒が美味しく楽しめる雰囲気を提供していく。だから選曲は、相変わらず頭が沸騰するくらい考えます(笑)。

渡辺康蔵 僕自身は、それこそ美術におけるキュレーションを連想しました。いい展覧会ってやっぱり驚きがあるじゃないですか。誰もが知る名画と、たとえば知られざる習作やスケッチを組み合わせることで、世界の奥行きが一気に広がっていく。須永さんの『Rebirth of "TBM"』もまさにそうで。入り口のところにあえて「ナルディス」という、和ジャズの青春みたいな演奏を置いたのも、そういう効果があるのかなと。

須永辰緒 ああ、嬉しいですね。つかみのインパクトは大事にしたかったんです。

渡辺康蔵 CDの場合、そこから中村照夫グループの「ウマ・ビー・ミー」というグルーヴィーな曲が続いて。さらに和田直クインテットの「サンセット・オン・ザ・ストリート」がくるでしょう。この演奏がまた、和田直さんのキャリアでもちょっとサイケっぽい感覚もある変わったやつで(笑)。こういう流れは、ジャズ畑の人間からはまず出てこない。TBMをずっと聴いてきた僕にもすごく新鮮でした。

須永辰緒 康蔵さんはほら、ときには演奏の現場に立ち会ったりされて、TBMのことをリアルタイムでぜんぶご存知じゃないですか。そういうの僕まるでわからないから(笑)。何の躊躇もなくいけるんですよ。

(【Part2】へ続く)




須永辰緒 (すなが・たつお)
DJ、音楽プロデューサー。Sunaga t experience =須永辰緒によるソロ・ユニット含むDJ/プロデューサー。 DJプレイでは国内47都道府県を全て踏破。ジャズ・コンピレーションアルバム 『須永辰緒の夜ジャズ』は20作以上を継続中。国内外の多数のリミックスワークに加えソロ・ユニット”Sunaga t experience”としてアルバムは7作を発表。『Rebirth of "TBM"~The Japanese Deep Jazz~Compiled by Tatsuo Sunaga』(ソニーミュージック)が好評発売中。
OFFICIAL SITE : http://sunaga-t.com/
INSTAGRAM : https://www.instagram.com/sunaga_t/



渡辺康蔵 (わたなべ・こうぞう)
ジャズ・プロデューサー、ミュージシャン、作家。早稲田大学モダンジャズ研究会〜日本コロムビアを経て、ソニーミュージックで日野皓正、ケイコ・リー等のプロデューサーとして活動。’22年よりフリーランス。山本剛トリオや山下久美子をプロデュース。また、吾妻光良&ザ・スウィンギン・バッパーズのサックスを結成当初より担当。著書にミステリー短編集『ジャズ・エチカ〜ジャズメガネの事件簿』(彩流社)

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BOOK
『ジャズ・エチカ~ジャズメガネの事件簿』
渡辺康蔵・著

2023年刊/彩流社