2024年10月号|特集 和ジャズ

【Part1】塙耕記(three blind miceプレミアム復刻コレクションシリーズ監修)|Special Long Interview

インタビュー

2024.10.1


 近年では音楽ファンの間にすっかり定着した感のある「和ジャズ」というワード。しかし元をたどれば、先駆者たる一部のディガー/マニアたちの様々な実践なくしては決して築かれえなかった言葉であり、新たな概念だった。そのキーマンの一人が、元ディスクユニオン・ジャズ・リーダーで、現ジャッジメントエンターテインメント代表取締役の塙耕記だ。同氏はこれまで、名リイシュー企画<昭和ジャズ復刻シリーズ>の監修の他、「和ジャズ」再評価の決定打となった尾川雄介との共著書『和ジャズ・ディスク・ガイド Japanese Jazz 1950s-1980s』(リットー・ミュージック 2009年)を上梓するなど、シーン全体の活性化にとってなくてはならない役割を演じてきた。特に、ジャズ名盤全般を対象とする各リイシュー企画における綿密なリサーチや、サウンドとアートワーク双方に渡るプロダクト再現の精巧性は、業界ナンバーワンの高評価を得ている。

 今年から始動し<three blind miceプレミアム復刻コレクション>も、そんな同氏の肝いり企画とあって、既に多くのファンから称賛を得ている。塙は、いかにしてthree blind mice(以下TBM)作品と出会ったのか。そして、その魅力とは何なのか。再発にあたってのこだわりから、「和ジャズ」ブームへ至る道程まで、より豊かなジャズライフ/オーディオライフへといざなうロングインタビュー(全3回)をお届けする。


インタビュー・文/柴崎祐二 写真/増永彩子

「好内容と高音質の二刀流」という言葉の通りの存在が、TBMというレーベルの作品だと思います(塙耕記)


── まずは、日本のジャズのレコードとの出会いについて教えていただけますか?

塙耕記 最初に日本のジャズのレコードを意識するようになったのは、1990年代に遡ります。その当時僕はディスクユニオンの店頭で働いていて、レコード買い取りの担当をしていたんです。基本的に、入荷してくるレコードっていうのはだいたい海外のアーティストのもので、日本人のものはほとんどないんですよ。それはなぜかというと、当時のプレス枚数が海外アーティストのものに比べると段違いに少なかったからなんですね。けれど、いざ聴いてみると、モダンジャズの視点からも、あるいはDJ的な視点からも魅力的に響くものがかなりあると気付いたんです。

── 当時はアメリカのジャズが絶対的な存在で、それ以外は周縁的なものとして扱われていたっていうことなんでしょうか。

塙耕記 そうだと思います。かつては「アメリカの模倣品」みたいなものとして軽視されていたところすらあったと思います。だから、日本産ジャズのレコードの市場価値は全般的に低かったんですよね。でも、それって単に聴いたことのある人が少ないというだけで、実際に素晴らしいものが沢山あるし、これはちょっともったいないなと思ったんです。そこから徐々に再発企画をできないかと考えるようになって、実際に2005年からリイシューシリーズの監修を行うようになるんです。

── TBMの作品にもそういった流れの中で出会っていったんでしょうか?

塙耕記 はい。僕自身はオーディオマニアというほどではないんですが、昔から音のいいレコードが好きで、その点TBMのレコードって軒並みいい音なんですよね。いったいなぜなんだろうと調べていくうちに、エンジニアの神成芳彦さんの音作りをはじめ、しっかりとした制作プロセスがあったことを知って余計に興味を持ちました。例えばピアノトリオものにしても、同時期の日本の作品と比べていい音の作品の方が魅力的に響いてきますしね。そうやってTBMというレーベルへの信頼が自然とインプットされていった感じですね。まさに、今回のリイシューシリーズのキャッチコピーにさせてもらった「好内容と高音質の二刀流」という言葉の通りの存在が、TBMというレーベルの作品だと思います。

── 初めに聴いたTBM作品は何だったんでしょうか?

塙耕記 たしか鈴木勲さんの『ブロー・アップ』(1973年)だったんじゃないかな。たまたま店頭で買い取りして、耳にしたのが最初だったと記憶しています。その次は多分、山本剛トリオの『ミスティ』(1974年)でしたね。日本のジャズレコード全般の球数が限られているとはいっても、その二枚はオリジナルリリース当時に結構売れた作品なので、割と頻繁に入荷していたんですよね。やっぱりさっき言った通り、二枚ともすごくいい音で録られているなと感じましたね。

鈴木 勲トリオ/カルテット
『ブロー・アップ』

1973年3月29・30日録音(TBM-15)
<TBMプレミアム復刻コレクション第Ⅰ期作品>


── 小川隆夫さんによる本『伝説のジャズ・レーベル スリー・ブラインド・マイス コンプリート・ディスクガイド』(駒草出版/2017年)に掲載されているエンジニア神成さんへのインタビューによると、特に先行するジャズ作品を参考にして録音していたわけではないと書かれていて、とても驚きました。

塙耕記 そうらしいんですよね。あくまで神成さんが自然にやっていたことが「いい音」につながっているっていうことなんですよね。しかも、当時のプレス工場も殊更特別なところでもなかったみたいですし。そういう部分にも驚かされますし、いかにその「自然に」が貴重なことだったのかがわかります。

── スタジオ録音作は、ある時期まで主にアオイスタジオで録っていたようですが、同スタジオを使って録音された他レーベル/他ジャンルのレコードと比べても明らかに高音質に聴こえます。

塙耕記 でしょう。TBMというと、一部の作品がレアグルーヴ的な観点から評価されてもいて、その場合は高音質であることはそこまで大きな評価対象ではないかもしれないんですが、僕の印象としてはやっぱりその「音の良さ」にこそ他にない魅力を感じました。オーディオの相性ということでいうと、すごく古いヴィンテージの機材よりは、TBM作品が録られた頃の機材、つまり70年代のものが特に馴染むような気がしています。

── 『ブロー・アップ』を初めて聴いた時、内容面についてはどんな風に思われましたか?

塙耕記 やっぱり、鈴木さんの演奏するあのチェロの音のインパクトですよね。欧米のプレイヤーにああいう音を出す人っていうのはいませんからね。硬質でいながらしなやかな音……しかもそれがものすごくよく録れていて。あの音が聴きたくて度々ターンテーブルに乗せていました。もちろん、『ミスティ』の内容も素晴らしいと思います。本当に、聴いているうちにどんどん引き込まれていくような演奏ですよね。

山本剛トリオ
『ミスティ』

1974年8月7日録音(TBM-30)
<TBMプレミアム復刻コレクション第Ⅰ期作品>


── その二作を例に取ってみても分かる通り、TBMの作品には、サウンドの傾向という面でもすごく幅広いものがありますよね。

塙耕記 おっしゃるとおりですね。さっきの話の一方で、僕自身も若い頃はレアグルーヴ的な観点で和ジャズを掘ったりしていたので、そういう聴き方からハマった作品も沢山あります。

── 今回の再発シリーズのラインナップでいえば、中村照夫さんの『ユニコーン』(1973年)とか?

塙耕記 そうですね。『ユニコーン』はレアグルーヴ世代にとって象徴的な作品です。TBMレーベル第一弾作品でもある峰厚介五重奏団の『峰』(’70年)とか、土岐英史さんの『トキ』(’75年)のように、ストレートアヘッド寄りの素晴らしい作品もありますし、水野修孝さんや三木敏悟さんの作品のように、ジャズオーケストラものにも傑作が多々ありますからね。更には、高柳昌行さんの諸作のように、フリージャズの重要作もあるし、ヴォーカル作品もある。141タイトルの中でこれほどまでにバラエティに富んだ様々なスタイルを表現してみせたジャズ専門レーベルっていうのは、世界的にみても稀有な存在です。しかも、さっきの神成さんの話もそうですし、プロデューサーの藤井武さんにしても、自分の関心や音楽性を優先して自然にやっていた結果こういう素晴らしい成果が蓄積されていったというのがとても貴重だと思います。



── 独立レーベルならではの自由さと、高い芸術性があるとうことでしょうか。

塙耕記 そういうことだと思います。特に初期に顕著ですが、才能のあるミュージシャンになんとかやりたいことをやらせてあげているという感じがします。同時期のビクターにもミュージシャンのやりたいことを実現させる「日本のジャズ」っていうシリーズがあって、それも僕は大好きなんですけど、結局20タイトルしか出ていないんですよね。けれど、TBMは141タイトル。これはやっぱりすごいことだと思います。ある意味、TBMの歩みを追うだけでも日本のジャズの歴史をある程度理解できてしまうくらい、重要なレーベルです。


土岐英史
『トキ』

1975年5月17日録音(TBM-46)
<TBMプレミアム復刻コレクション第Ⅰ期作品>


── 今回の再発シリーズのラインナップはどうやって決めていったんでしょうか?

塙耕記 それに関しては、一言では言い切れない非常に入念な検討作業があって……正直かなり大変です(苦笑)。内容面や録音の素晴らしさが大きな基準になっているのは当然なんですが、せっかくスタートしたシリーズをできるだけ長く届けていくために、どうやったら手にとっていただく皆さんからヴィヴィッドな反応を得ることができるか、という視点も入っています。だから、仮に幾度も再発を重ねてきたものであったとしても、人気の高い作品であればちゃんとラインナップに加えるし、一方で、マニアの方にも訴求するように、初めてLP再発するタイトルも織り交ぜています。これまでCDフォーマットで100タイトルくらいの再発を監修させてもらった経験もあるので、そこでの反応の傾向をみながら、色々考えながらラインナップを決めていますね。

── 山本剛トリオの『ミスティ』のような人気盤になると、当時オリジナル盤を聴いていた方が久々に買い直す、ということもあるかもしれませんよね。

塙耕記 はい、間違いなくいらっしゃると感じています。

能勢秀昭(TBM担当ディレクター) おかげさまで、これまでリリースしたタイトルに関しては、店頭でも大変好評をいただいています。あとは輸出も好調なんですよ。アジアをメインとして、ヨーロッパやアメリカからオファーをいただいています。アジア圏からはCD輸入への問い合わせもありました。

塙耕記 アジアの方々は、どうやら「和ジャズ」というくくりというよりも、オーディオマニアの視点から注目していただいているみたいですね。

── 今回、新規にマスタリングもされているんですよね。

能勢秀昭 はい。世界最高峰のマスタリングエンジニアとして評価の高いバーニー・グランドマンさんに、カッティングとリマスタリングを担当していただきました。レコードとSACD/CDでサウンドの味付けがはっきりと違っていて、是非そこにも注目してもらえると嬉しいです。TBMプレミアム復刻コレクションの音質面に関して言うと、サウンドの傾向的には今回の再発のものが一番オリジナルマスターの音に近い印象です。オリジナルのLP盤や既発のCDに比べると、もしかすると控え目に感じられるかも知れませんが、ヴォリュームを上げて聴いていただくと楽器の分離感と奥行き感がものすごく良くなっているのを実感いただけると思います。

塙耕記 これまで廉価版含め色々な形で再発されてきているのは事実なので、またリイシューを手掛けるとなったら、過去のものと同様の音になってしまったら意味がないと思っていたんです。なので、ソニーさんとの打ち合わせのはじめの段階で、バーニー・グランドマンにお願いしようという話になったんです。今能勢さんが言われた通り、上がってきたものを実際に聴いてみると、たしかに静か目なんですよね。けれど、これはオリジナルマスターの再現度っていう視点からみると、むしろ素直な味付けなんですよね。

 というのも、以前に僕はブルーノートの再発シリーズを監修させてもらった経験があるんですが、全てではないにせよ、マスターテープのレベルから割と素直に新規マスタリングを行ったところ、今まで聞き慣れていたブルーノート音源とは全く雰囲気が違う音になったんです。つまり、ルディ・ヴァン・ゲルダー自身が音作りを手掛けていた時代から、ある程度派手に味付けしてカッティングを行っているんですよね。

 今回のTBM再発シリーズのマスタリングとカッティングにも、同じこと、つまり「マスターテープ音質の素直な再現」という方向性を感じました。ハイエンドなオーディオで他のCDなりLPと同等のヴォリュームまで上げてもらったら、その「素直さ」をよく分かっていただけるんじゃないかと思います。LPやSACDに限らず、CD層で聴いても、きっと違いが出てくるはずですので。

── アナログのプレスはソニーさんの工場ですよね?

能勢秀昭 はい。

── おべっかを言うわけではなくて(笑)、ソニーさんのプレスのクオリティって本当に素晴らしいですよね。音の細密性が段違いに感じます。

能勢秀昭 いやあ、嬉しいですね。

塙耕記 まずビニールの材質からして一般のプレスとは違いますからね。

能勢秀昭 はい。原料や製造工程に細かな工夫がされているんです。あんまり詳しいことは企業秘密なので言えないんですが……(苦笑)。

塙耕記 細かいところでいうと、ソニーさんのプレスはレーベル面の印刷のクオリティも素晴らしくて。一般的にどうしても色が滲みがちなんですけど、ソニーさんの使っている紙は、赤とか青がパキッとでるんですよね。「完全な形で復刻する」という今回のプロジェクトにとっては、そういう部分もとても重要でしたね。

【Part2】へ続く)




●塙耕記 (はなわ・こうき)
1972年8月17日、茨城県水戸市生まれ。元ディスクユニオンのジャズ部門のリーダー。(株)ジャッジメントエンターテインメント代表取締役。現在、レコード・ショップとレーベル「JUDGMENT! RECORDS」を運営する傍ら各レコード会社の外部プロデューサーも務める。2011年から3年間続いた<BLUE NOTEプレミアム復刻シリーズ>のヒットでジャズ・アナログブームの火付け役として知られて2006年スタートの<昭和ジャズ復刻シリーズ>が大ヒットし「和ジャズ」ブームの仕掛け人としても有名。一連のスリー・ブラインド・マイス(TBM)復刻にも大きく関わり、ソニーミュージック発のLP&SACDによる<TBMプレミアム復刻コレクション>シリーズおよび世界のジャズ名盤LP復刻シリーズ<ジャズ・アナログ・レジェンダリー・コレクション>も現在監修中。
JUDGMENT! RECORDS HP : https://judgment-records.com/