2024年9月号|特集 90年代シティポップ

【Part3】|ルーツ・オブ・'90sシティポップ

会員限定

解説

2024.9.18

文/金澤寿和


【Part2】からの続き)

グローバル化が進み、北欧やアジアのインフルエンスも無視できなくなってきた


 3週目は、広くワールド・ミュージック的要因を探していこう。そんな予定で構想を練っていたところに、セルジオ・メンデスの訃報が飛び込んできた。60年代の米国でボサノヴァ・ブームを主導し、その影響力は日本にも波及。ボサノヴァといえばジョアン・ジルベルトとアントニオ・カルロス・ジョビンが生みの親とされるが、それを米国流にアレンジしてポピュラリティーを与えたのがセルジオ・メンデスである。それをまた日本へも紹介し、日本の音楽ファンをボサノヴァ好きに仕立てたのもセル・メンの功績に他ならず、’70年には大阪万博でライヴを開催するために来日。それを機に、歌謡曲やニューミュージックと呼ばれた当時の和製ポップスに、大きなボサノヴァ潮流が生まれていった。今でいうシティポップは、まさにその中心的フィールド。その系譜のシンガー・ソングライターたちのアルバムを聴くとは、必ずと言ってイイほど、ボッサ・アレンジを施された楽曲が収録されている。


セルジオ・メンデス&ブラジル’66
『Live At The Expo ’70』

1970年発売


 80年代に入って一時存在感が薄れたものの、前回触れた英欧からのソフィスティ・ポップ、いわゆる“オシャレ系”と呼ばれるスイング・アウト・シスターやエヴリシング・バット・ザ・ガール、ワークシャイ、そしてネオアコ勢がボサノヴァ・テイストを大きく取り込み、ヨーロピアン・センスのジャズ・メソッドやデジタル・ビートで再構築された新しいボサノヴァが浸透することに。こうしてリ・アレンジされたものは“フェイク・ボサ”と総称されるが、それはニセ物という意味ではなく、50年代からのトラディショナル・スタイルとの差別化を図ったもの。そのフェイクの元を辿れば、セル・メンのポップ・アレンジにこそ、その源流に当たると気づかされる。つまり、90年代のシティポップにも、セルジオ・ニュー・メンデスのインフルエンスが深く根付いていることに想いを馳せてしまう。日本で言えば、時流に流されずに気品の高い活動を続けたベテラン大貫妙子がその代表格。そして’89年には、日本初の本格的ボサノヴァ・シンガー、小野リサがデビューしている。



小野リサ
『CATUPIRY』

1989年10月21日発売


 先のソフィスティ・ポップには、ボサノヴァに限らず、ラテン音楽とジャズ、ファンクをトータルにミックスしたアーティストやユニットが少なくない。ブルー・ロンド・ア・ラ・タークとその進化系であるマット・ビアンコ、そこから独立したバーシアというファンカラティーナ系譜が典型的だが、そうしたハイブリッドな90年代シティポップとしては、渕上祥人や比屋定篤子、元・東北新幹線の鳴海寛が率いるfrasco、鈴木雄大が参加していた3人組More Than Paradise、そしてSaigenjiなどが思い浮かぶ。それぞれにブラジル濃度やポップスとの融合指数に違いがあるが、それまでのアレンジのひとつのバリエーションにすぎなかったボサノヴァやラテン・ミクスチャーとは、ハッキリ異なる潮流と言える。ソロ活動凍結中の角松敏生が長万部太郎名義で参画したAGHARTA(<WAになっておどろう>のオリジネイター)の作品群も、ブラジルやカリブ、アフリカ、沖縄系のグルーヴを溶かし込んだ内容で、それ自体がバンドの個性になっていた。



AGHARTA
『AGHARTA』

1996年1月24日発売


 そもそも日本で大きなワールド・ミュージックの潮流が起きたのは、その80年代のことである。もちろん70年代から細野晴臣や大瀧詠一の周辺でニューオーリンズ音楽や沖縄音楽の影響が色濃く現れたり、南国のリズム・バリエーションとしてレゲエが広く注目されたりしたことはあった。後に“サヴァンナ・バンド歌謡”と称されるトロピカルなビッグ・バンド・サウンドが脚光を浴びた時期もある。でもそれとは違って、80年代の動きはアフリカ音楽やアジアン・ポップス、民族音楽なども含んだ極めてグローバルなもの。当然プリミティヴなスタイルも多く、直接的なシティポップとの関連性は限定的だったと言って良い。

 ところが近年になって“バレアリック”と呼ばれるような、テクノ、ニューウェイヴ、アンビエント、ニューエイジ、エクスペリメンタル、エレクトリック・ハウス系の耽美的サウンドを間に挟んでみる。すると、また少し違った景色が現れてくるようだ。80年代当時は、異形のクロスオーヴァー・フュージョン進化系とか単なるBGMや環境音楽として扱われ、実験的かつ理解不能と、鼻にも掛けられなかったこの手のサウンド。そうした斬新でちょっと捻じ曲がった音を創っていたのが、細野晴臣、坂本龍一、高橋幸宏に松武秀樹といったYMOファミリー、清水靖晃、笹路正徳らマライア人脈、鈴木慶一や岡田徹らムーンライダーズ周辺、井上鑑や佐久間正英といった人気アレンジャーたちだった。



細野晴臣
『メディスン・コンピレーション』

1993年3月21日発売



清水靖晃
『Aduna』

1989年9月21日発売