2024年9月号|特集 90年代シティポップ

【Part2】|ルーツ・オブ・'90sシティポップ

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解説

2024.9.10

文/金澤寿和


【Part1】からの続き)

シティポップやクラブ・サウンドとアシッド・ジャズは親和性が高くなった


 前回はAORやブラック・コンテンポラリーなどを中心に、80年代に洋楽メインストリームの一角を成し、90年代のシティポップ・アーティストに影響を及ぼしたジャンルやスタイルをご紹介した。音楽シーン全体の動きを俯瞰すれば、これは短期的潮流やハヤリ廃りに捉われず、ロング・スパンでゆっくり変化していくコンサヴァティヴな傾向と言える。だから90年代J-POPのフロントラインが激しく移り変わっても、ある意味王道として、シーンの土台を実直に支えたのだ。それでも80年代のソウル/R&Bシーンは、ブラック・コンテンポラリーからクワイエット・ストーム、ニュー・ジャック・スウィングと推移し、その後はストリート色が強くなってヒップホップと融合。それに従い、シティポップのソースとなるテイストは失われていった。

 こうしたサウンドは主に米国からもたらされたもの。しかし80年代には、第2次ブリティッシュ・インヴェイジョンと呼ばれるポスト・パンク、ポスト・ニューウェイヴ、あるいはニュー・ロマンティックと称される潮流が英国から発信され、米ヒット・チャートをも席巻した。ヒューマン・リーグの全米No.1ソング「愛の残り火(Don't You Want Me)」(’81年)がその最初とされ、カルチャー・クラブ、デュラン・デュラン、カジャグーグー、ユーリズミックス、スパンダー・バレエ、ウルトラヴォックス、ABC、ワム!などが、どんどん後に続いたのだ。



ヒューマン・リーグ
『Dare』

1981年11月16日発売



カルチャー・クラブ
『Kissing to Be Clever』

1982年10月8日発売


 サウンド的には洗練されたブルー・アイド・ソウルやポップ・ファンク、シンセ・ポップなど幅が広いが、共通するのはMTVの人気沸騰を背景に成功を掴んだ点。どのアーティストもファッショナブルでヴィジュアル性に富み、ユニセックス的な者が少なくなかった。そのルーツを辿ればデヴィッド・ボウイやロキシー・ミュージックに行き着くし、日本では沢田研二やアン・ルイスといった歌謡曲系、本田恭章や中川勝彦といったソロ・シンガーあたりに顕著な影響が見て取れる。

 でもシティポップ的に考えるなら、真っ先にデビューして先陣を切ったシャーデーを筆頭に、スタイル・カウンシル、スイング・アウト・シスター、アズテック・カメラ、エヴリシング・バット・ザ・ガール、マット・ビアンコ、バーシア、プリファブ・スプラウト、ワークシャイ…と続く系譜こそが重要だ。アンテナやペイル・ファウンテンズを輩出したベルギーのレーベル、クレスプキュールの存在も忘れられない。



シャーデー
『Diamond Life』

1984年7月28日発売


 このラインナップは、しばしば“オシャレ系”などと称されたが、いつしか英国流に“ソフィスティ・ポップ”と呼ばれている。その名の通り、ソフト・ロックやジャズ、ボサノヴァ、ラテンなど、よりアコースティック・サウンドを取り込んで、ハイセンスかつスタイリッシュなサウンドを構築。シャーデーのフロントであるシャーデー・アデュ、スイング・アウト・シスターのコリーン・ドリュリーのように、実際にファッション・ビジネスに関わるなど、自らモデルの仕事をこなす女性シンガーがフロントを務め、上品でクールなポップスを提示した。



スウィング・アウト・シスター
『It's Better To Travel』

1987年5月11日発売


 彼らのデビューは、おおよそ80年代中盤に集中。海外では比較的短期の活躍で散ってしまったアーティストもいる。ところが日本の洋楽シーンとソフィスティ・ポップの相性は極めて良好。FMステーション中心に多くのエアプレイを獲得し、90年代に入っても日本先行リリースや独自契約、シングル曲のタイアップなど、積極的に展開されて高い人気を維持した。先進的でありたいがラディカルなアピールは好まない、そんなスタンスが日本のポップス・ファン、特に都市エリアに住むグレー・ゾーンのリスナー、流行に敏感な女性音楽ファンのアンテナに引っ掛かったのだ。そしてそのインフルエンスの発露は、単なる楽曲やアレンジの引用だけに止まらず、paris matchのようにスタイル・カウンシルの楽曲からユニット名を拝借したり、坂本龍一をプロデュースに招いてアルバムを作ったアズテック・カメラのケースも。そのアズテック・カメラやエヴリシング・バット・ザ・ガール、プリファブ・スプラウトなどは、ネオ・アコースティック・サウンド(通称ネオアコ)の元祖とされ、フリッパーズ・ギターに代表される渋谷系発祥の源になった。



アズテック・カメラ
『Dreamland』

1993年5月17日発売